Category [サラエボ 観光・散策 ] 記事一覧

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イリジャ Ilidža

サラエボの西側に位置するイリジャ地区。ガヤガヤ、ワサワサしたにぎやかな旧市街・バシュチャルシヤ地区とはまったく正反対の方向にある。イグマン山麓に広がる、緑豊かなところ。この土地にはすでに紀元前2400年ごろから人が住んでいたと言われている。ローマ帝国時代の遺跡も残っている。ローマ帝国植民地時代、この地域の行政・文化の中心だったと考えられている。こんな風に遺跡が何気なく現れる。ローマ橋。ボスナ(ボスニア)...

SKAKAVAC

メーデーにともなう連休の初日。今日も朝からすっきり晴れて青空が広がっています。こんないい天気の日はどこかへ出かけなくちゃ。あ、そうだ。あそこへ行こう!前から行ってみたかったその場所。朝早起きしてサンドイッチをせっせとつくり、水とお菓子をリュックにつめて準備万端。 ミニバスに揺られてサラエボを囲む丘の方へ登っていきます。ミニバスは満員。みんな考えることは同じだなぁ。終点でバスを降りたらひたすら歩くの...

サラエボの展望台

サラエボに新たなランドマーク登場。市内のどこにいても見えるこの高層ビル。サラエボの大手日刊紙、Dnevni avaz社のAvaz Twist Tower(アヴァズ・ツイストタワー)です。(この写真は数ヶ月前に撮ったものなのでまだクレーン付きですが・・・)にょっきりとそびえ立ち、周りの景色から浮きまくっています。2006年から足掛け3年、やっと完成しました。avaz(アヴァズ)社は以前このブログで紹介した、全面ガラス張りのホテル兼ビジ...

サラエボのシンボル、Vijećnica

サラエボ旧市街を訪れたことがある人なら、このちょっと変わった建物を目にしたことがあるはず。オーストリア・ハンガリー帝国時代に建てられた市庁舎(Vijećnica)。サラエボ事件で暗殺されたオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者、フランツ・フェルディナントが事件当日に立ち寄っていたのがこの建物。その後、国立図書館として利用され貴重な資料が所蔵されていたが、1990年代の戦争中に砲撃を食らって中の書物ごと...

Bijela tabija

以前の記事でサラエボの街を見渡せる場所、 Žuta tabija(ジュータ・タビヤ)を紹介しましたが、サラエボの丘の上にあるもう一つの要塞跡に行ってきました。写真矢印に示してある白い建造物。拡大してみるとこんな風に見えます。(以上2枚の写真にはクレーンが写っていますが、この2枚の写真はずいぶん前に撮ったもので、現在クレーンはありません。)Bijela tabija(ビイェラ・タビヤ)と呼ばれる要塞跡。オスマン帝国時代...

オアシス 続き

延々と続く並木道を行く。鳥のさえずりを耳に、歩いても良し。馬車に揺られるも良し。その先には公園。くつろぐ公園の住人たち。透きとおる水。緑色のコントラストと澄んだ水に目を奪われる。とうとうと流れ出す水。そう、ここはボスナ川の水源地帯。公園一帯が水源を守るために保護区域になっている。Vrelo Bosneと呼ばれている、サラエボのオアシス。...

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BiHとはボスニア・ヘルツェゴヴィナ(Bosna i Hercegovina)の略です
日本人にはまだまだなじみのない国、BiHへの観光客が増えるといいなと思いつつ、地味に情報発信中
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