Archive [2007年04月 ] 記事一覧

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在BiH日本大使館ホームページ

最近、在ボスニア・ヘルツェゴビナ日本国大使館のホームページが開設されました。日本語、英語、ボスニア/セルビア/クロアチア語の3バージョンありますhttp://www.bosnia.emb-japan.go.jp/index_j.html...

ねずのみジュース

ねずみのジュースじゃないですよ。友だちからsmrekaのジュース(シロップ。水で薄めて飲みます)をもらいました。グレープフルーツジュースと並んで私はこのジュースが大好きです。smrekaとは何ぞやということで調べてみると、日本では杜松(ねず)と呼ばれる針葉樹だそう。その実は杜松子(としょうし)または杜松の実(ねずのみ)と呼ばれ、スパイスとして用いられたり、漢方薬としても用いられるとか。また、洋酒のジンの香り付けに使...

猫も食わぬ援助物資

先日ミリャツカ川沿いの散歩道を歩いていたら見慣れぬものが目に留まりました。以前の日記で紹介した歴史博物館横のヘリコプターのすぐ近くに、奇妙な記念碑が建ちました。写真を撮りましたのでご覧下さい↓缶詰ですね。牛肉の缶詰のようですがEU旗があしらわれています。でも、なんで缶詰がこんなところに???一緒にいたサラエボっ子が言うことには、「猫でさえも食わない」ほど不味い缶詰だそうで。戦争時、人道支援物資として送...

4月5日

先日の日記の続きです。日づけが前後しますが、4月5日という日についてです。1945年4月5日17:30、人民解放軍のムスリム部隊16人の兵士が写真(上)に写っているヴィシェグラド門(visegradska kapija)からサラエボの街に入りました。他の部隊とともに、4月6日にサラエボ解放に成功しました。このときの人民解放軍(パルチザンとも呼ばれます)の犠牲者は642人、2020人が負傷したそうです(6日付のOSLOBODJENJE紙による)。門の横には写真...

4月6日

今日、4月6日はサラエボにとって2つのできごとで重要な日づけとなっています。1つは第二次世界大戦中、1945年4月6日。ユーゴスラヴィア人民解放軍によって、ドイツの占領からサラエボの街が解放されたのです。もう一つは、1992年4月6日。この日、ECがボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国の旧ユーゴスラヴィアからの独立を承認した日であること、そして最初の犠牲者が出て、戦争が始まった日であることです。サラエボ包囲が始まった日...

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イエティ

Author:イエティ
BiHとはボスニア・ヘルツェゴヴィナ(Bosna i Hercegovina)の略です
日本人にはまだまだなじみのない国、BiHへの観光客が増えるといいなと思いつつ、地味に情報発信中
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