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サラエボのシンボル、Vijećnica

サラエボ旧市街を訪れたことがある人なら、このちょっと変わった建物を目にしたことがあるはず。
Vijecnica.jpg

オーストリア・ハンガリー帝国時代に建てられた市庁舎(Vijećnica)。
サラエボ事件で暗殺されたオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者、フランツ・フェルディナントが事件当日に立ち寄っていたのがこの建物。

その後、国立図書館として利用され貴重な資料が所蔵されていたが、1990年代の戦争中に砲撃を食らって中の書物ごと焼けてしまった。

戦後、再建計画の話は出ているものの、何年たっても修復の兆しが見えない。
普段は人が立ち入れない。
でもたまにコンサートや展示の会場として使われることがあり、その時ばかりはこうして内部の様子を見ることができる。
Vijecnica-2.jpg


今年7月に一ヶ月間行われた「バシュチャルシヤの夕べ」という音楽祭。
あるコンサートの会場にこの旧サラエボ市庁舎が使われた。
RIMG1661_20090802202348.jpg
中はひんやりしている。
入り口を入ってすぐのホール。
柱が立ち並ぶ六角形の空間。
柱の向こうには戦争の傷跡が見えている。
包囲下でも自分たちの生活や文化を守ろうとしてきたサラエボ市民。
戦争下にあってもコンサートや舞台公演が行われた。


今回のコンサートには大勢の人が詰めかけ、入りきれずに広場のモニター越しに聴いた人もいたほどだ。
運よく建物内で席を確保できた私。
リュートの静かな音色が薄暗いホールに響き渡り、聴衆も一体となって耳を傾ける。
幻想的な雰囲気の中、リュートの調べに酔いしれた
RIMG1665_20090802202348.jpg

現在は外壁に足場が組まれ、いよいよ本格的に修復されそうな気配が。
みな心待ちにしている。
でも何事もスムーズに事が運ばないのがここの常。

破壊と再生が垣間見えるのが、このVijecćnicaというところである。

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Author:イエティ
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日本人にはまだまだなじみのない国、BiHへの観光客が増えるといいなと思いつつ、地味に情報発信中
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