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朝の散歩

早朝の散歩は気持ちがいい。
ミリャツカ川沿いにあるウィルソン遊歩道。
誰もいない遊歩道を独り占め。
vilsonovo
オーストリア・ハンガリー帝国の支配下でサラエボ事件が起き、第1次世界大戦が勃発したのは周知の通り。
オーストリア・ハンガリーに対して戦い帝国の打破に貢献したとして、アメリカのウィルソン大統領にちなんで名づけられた遊歩道。

オーストリア・ハンガリー時代、クロアチア独立国に組み込まれた時代には違う名前が付けられていた。
平日の日中はここを車がビュンビュン通っていくので、どこが遊歩道じゃい、とつっこみたくなる。
車を通行禁止にする案も出ているけど、いつ実現するやらまったく見通し立たず。



そんな遊歩道沿いにまた一つ、戦争の遺物を見つけた。
こんな破壊された建物が、国の議会や政府の建物の裏手にまだどでーん残っているのだ。
90年代のサラエボ包囲時には川を挟んで最前線となっていた。
川の向こうはグルバヴィッツァ地区。映画「グルバヴィッツァ」(邦題:サラエボの花)でその名をご存知の方もいるかもしれない。
vilsonovo rusevina
戦争が終わって市民が狙撃や砲撃に怯えずに自由に歩きまわれるようになり、この遊歩道も休日はお散歩する人たちや、ローラーブレードや自転車、ランナーで賑わう憩いの場になっている。
この廃墟を気に留める人もいない。

第1次大戦、第2次大戦、90年代の旧ユーゴ内戦・ボスニア戦争。
「この地ではほぼ半世紀ごとに戦争が起こってるんだよ。」
じゃあ、また50年すると戦争が起こってしまうんだろうか・・・。
ううん、もう戦争は起きてほしくないと誰もが願っているはず。

15年過ぎた今でも戦争の傷はまだまだこの国に影を落としている。
そんな傷を抱えながらも、泣いたり喜んだり怒ったり笑ったりの市民の普通の生活は続いていくのだ。

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NoTitle 

突然ですいません
日記の内容とは関係ないのですが
いま、日本でこのサイトがごく一部ですが
読まれています。

スレ主は、既にそちらに行かれたかもしれませんが
同じ、日本人が体験した内容です

真贋も不明のままですが、
そちらのコミュニティで何か
何かできませんでしょうか?

こちらは、何もできずただ広めているだけです

突然で誠に申し訳ないですが
一度、ご覧いただければと
思います。

失礼いたしました

http://www37.atwiki.jp/yuki_yugoslav/

Google先生 さん 

まだサイトの内容を全部読んだわけではないのですが、この話は初めて聞きました。
Google先生さんがコメントしていらっしゃるように、真偽のほどは判断できませんが、こうした体験をした人はボスニア・ヘルツェゴヴィナで(民族所属に関わらず)たくさんいるはずです。
程度の差はあれ、戦争を体験した一人一人がそれぞれ辛い経験をしていると言えると思います。

戦争を体験してもいない者が何をできるのだろうか、というのは私も常々考えているところなのですが、まずは知ることが大事だろうと思います。

  • posted by イエティ 
  • URL 
  • 2010.06/19 09:06分 
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Author:イエティ
BiHとはボスニア・ヘルツェゴヴィナ(Bosna i Hercegovina)の略です
日本人にはまだまだなじみのない国、BiHへの観光客が増えるといいなと思いつつ、地味に情報発信中
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