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4月6日

今日、4月6日はサラエボにとって2つのできごとで重要な日づけとなっています。


1つは第二次世界大戦中、1945年4月6日。
ユーゴスラヴィア人民解放軍によって、ドイツの占領からサラエボの街が解放されたのです。

もう一つは、1992年4月6日。
この日、ECがボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国の旧ユーゴスラヴィアからの独立を承認した日であること、そして最初の犠牲者が出て、戦争が始まった日であることです。サラエボ包囲が始まった日でもあります。

6日付けのdnevni avaz紙によると、1996年2月29日までの1425日間包囲が続き、11,000の人が犠牲になり、1601人の子どもが亡くなり、50,000人のサラエボ市民が負傷し、毎日329発の迫撃砲がサラエボの街に落とされ、1993年7月22日からの記録で3,777発の迫撃砲がサラエボの街に落とされたそうです。
(この統計をどこまで信じてよいものかわかりませんが、参考までに引用しました)

そういうわけで、今日はあちらこちらでこの日を記念・記憶する行事が営まれていたようです。

サラエボで一番賑やかなフェルハディヤ通りの起点には、「永遠の炎」と名づけられた火がともされています。
(たまにオリンピックの聖火と勘違いされる方もいますが、後ろの碑に4月6日にサラエボが解放されたことが記され、解放者を称え犠牲者を悼むものです)
冬の寒いときにはここで火に当たって暖をとっている人もいます。

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Author:イエティ
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日本人にはまだまだなじみのない国、BiHへの観光客が増えるといいなと思いつつ、地味に情報発信中
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