Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不安定

久しぶりに記事を書きます。
もし、奇特にものぞきに来てくださった方がいたらすみません・・・・。

先週末に日帰り一人旅に行ったことや、サラエボで日本人の旅人に出会ったエピソード、ボスニア・ヘルツェゴヴィナでのできごとなどなど、書きたいネタはあるものの、記事としてまとめあげる時間の余裕がありません。
いちど物事に取りかかると何しろ時間がかかる性格なもので。

時間をうまくやりくりしながら書きたいと思っています。
観光シーズンということでサラエボで日本人の観光客(個人や団体)をよく見かけるようになりましたし、旅のヒントになりそうな情報もちらっと書けたらなぁと思っとります。


さて、タイトルにある不安定が指すのは、サラエボの天気とボスニア・ヘルツェゴヴィナ社会のことです。

5月末くらいから変わりやすい天気が続き、出かける際には折りたたみ傘が必需です。
激しいにわか雨がやってくることも度々なので、いろいろ気を使います。
洗濯物を外に干して1日出かけようものなら、洗濯物がずぶ濡れになりますので、出かける前には部屋の中に入れておかなければなりません。
今日も朝は晴れているなと思っていたら、夕方には雨+雷の天気です。


天気はまだしも、ボスニア・ヘルツェゴヴィナは不安定な社会だという印象が最近強くなっています。

別に物騒な事件が多発しているということではありません。
(確かに事件は毎日どこかで起こっていますが)

以下、ちょっとまじめな話になります。
(うまくまとまっていないので覚書として書いています。興味のある人だけどうぞ。)


社会の中の分裂傾向が政治的な不安定をもたらしています。
それは還元すると「民族」というところに行きつきます。
自分が何者であるかという個人の意識にも関わってきますが、民族という基準で所属が分けられ、それが差異を生み出し、(その差異を乗り越える価値観がなく)差異が強調されることにより分裂が生み出されている。
そういう状況がいまのボスニア・ヘルツェゴヴィナ社会に不安定をもたらしているのだと思います。

「自分は○○人、○○民族」という意識を持つことじたいは悪いことではありません。

ただ、自分の存在を主張し保持するのに他者の存在を排除する又は考慮しないというのは、多民族が共存する国家としてボスニア・ヘルツェゴヴィナが存在し続けようとするならば、そうした考えは乗り越えられなければならないと思うのです。
(この国の人たちが経験してきた戦争を知らない私がこうした理想を言うのはたやすいことかもしれませんが・・・)

時間が経てば戦争で受けた傷は癒されるのだろうか。そして他者、他民族の存在を許せるようになるんだろうか。
せめて、戦争を経験していない子どもたちが民族間の憎悪を受け継がずに断ち切って欲しいと願っています。

話がまとまりませんが、こうした問題はボスニア・ヘルツェゴヴィナという国をとらえるにあたって避けて通れない問題です。
(もちろんボスニア・ヘルツェゴヴィナだけに当てはまるわけではありません)

あまりこの話題に立ち入ると小難しくなるので、ブログに書くのはためらわれるのですが、こんなことを私は日々感じ、思っているのだというのを知ってもらえればなぁと思います

Comment

 

差違って認められれば当たり前のことになっちゃうんだけど、
ほとんどは認められないから困るよね・・・
それはボスニアだけではなくて、どこの世界にもあること。

人間、ひとりひとりはすべて違うんだし、
憎しみ合わずにもっと認め合えればいいのになと思う。
  • posted by Hary 
  • URL 
  • 2007.06/14 05:04分 
  • [Edit]
  • [Res]

 

自分の民族に誇りを持つ事は大切な事だと思います。
ただ、自分が属する側と同様に他の所属に対しても寛容になれるのか、それとも排除する対象とするのか。

これまでに「自分の属する側を守る為に銃を取った事に誇りを持っている」と話す人にも出会いましたが、だからといってその人が異民族に対し(少なくても古くからの知人に対して)排除の気持ちを持って接しているというわけではないようです。

逆に「ボスニアの為に」と口にする人々が果たして、主要3民族がどのようにバランスをとって国を運営していくかという事に心を砕いているか、といえばそうではないと感じていますし、「ボスニア人」という呼称一つとっても、戦前と戦後ではその意味合いは大きく変わってきているのではないでしょうか。

国の中心であるサラエボと地方都市では人々の感覚もかなり異なると思いますが、ボスニアという国に住みながら、現在のこの国を母国として受け入れ難いジレンマのようなものを抱えている人も多いのではないか、と私は見ています。




  • posted by Mic'o 
  • URL 
  • 2007.06/14 20:03分 
  • [Edit]
  • [Res]

お返事遅れてすみません・・・ 

>Hary

ボスニアの例は色んな要素が加わって複雑だけど、差異から生まれる差別や偏見っていろんなところにあるよね。
この問題を考える時、
「差別と区別の違いは、本人が努力しても変えようのない要素(体の見た目とか)をもとに他人と分けるのが差別で、それ以外は区別」
・・・と大学のT先生が言っていたのをよく思い出すんだ。

どうしたらこういった問題が減らせるんだろうね。


>Mic'oさん

自分の出自に誇りを持つって大事ですね。

Mic'oさんがおっしゃるとおり、人によって戦争の受けとめ方や考え方は異なり、決して「この人は民族でいうと○○に属するからこんな考え方をもっている」と一概に言えるわけではないですよね。

「民族」という、これまたはっきりしたようではっきりしない概念によってあらゆる人をくくることができないように、個人の意識の差が大きい問題だと思います。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナの国民としての「ボスニア人、ヘルツェゴヴィナ人」という意識を持っている人がどれだけいるものなのか、私はとても気になります。

政治(家)がこの差異を強調し、国民にその差異を意識させているのが問題の一つだと思っています。

自民族の利益を守るために働く政治家、ボスニア・ヘルツェゴヴィナという国のために働く政治家、いまの政治の停滞ぶりをみていると、本当に多民族が暮らすこの国のことを思っている政治家はどれだけいるんだろうかと、疑問に思います。



この問題、考え始めるとどんどん膨らんできてレポートが書けそうですね。
お二人のコメントをいただいて、私もまた考えるところがありました。
ありがとうございました。
  • posted by イエティ 
  • URL 
  • 2007.06/17 07:45分 
  • [Edit]
  • [Res]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメント投稿不可です。

ご案内

プロフィール

イエティ

Author:イエティ
BiHとはボスニア・ヘルツェゴヴィナ(Bosna i Hercegovina)の略です
日本人にはまだまだなじみのない国、BiHへの観光客が増えるといいなと思いつつ、地味に情報発信中
ご質問、こんな情報があったらいいな~といったご感想など、コメントやメールフォームでお寄せください

最新の記事

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ 現在時刻

右サイドメニュー

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。